『フィガロの結婚』観劇レポート
日本大学芸術学部演劇学科1年
田村佳名美
 モーツァルトの楽曲が用いられたオペラ「フィガロの結婚」は世界的に有名な喜劇である。1784年パリで初演が行われ、1786年にオペラ化、のちに起こるフランス革命に大きな影響を与えた作品だ。
 今回東京芸術劇場で観劇した「フィガロの結婚~庭師は見た!~」は黒船来航時以前の鎖国状態にある日本・長崎を舞台に展開されている。そのため舞台装置は金屏風風に、伯爵夫妻とケルビーノ以外の登場人物の衣装は着物や袴などになっていた。ところどころで私たちの見覚えのあるものが登場し、物語を身近に感じた。例えば、第一幕バルト郎(バルトロ)のアリアでは、曲中でアンサンブルが大きなダルマを持ってきて『打倒フィガ郎』と書かれた半紙を掲げみんなでハチマキをして三三七拍子を打つシーンがあった。その様子はさながら猛烈受験生のようで、会場でも小さく笑いが起きた。
 歌もセリフも日本語で進んでいた物語は、ケルビーノの登場から日伊混じりで進んでいった。日本語で歌われていた歌はどこか能や狂言のような雰囲気をまとっていた。休憩明けのアントニ男(アントニオ)の口上で歌舞伎のように見得を切る動作をしたり、小道具の棒で拍子木のような音を立てながら語る場面があったり、第四幕冒頭でアントニ男がこれまでの経緯を語るシーンでフィガ郎やスザ女(スザンナ)を後ろから棒で操っているような、人形浄瑠璃を彷彿とさせる場面があったりと、日本の古典芸術やその手法が取り入れられているところに新鮮味や面白さを感じた。大学教授に「温故知新」を大切に学びなさいと教わり、実際の公演でも温故知新の心を感じ、学びが循環していくような感じに私の意欲がとても刺激を受けた。
 第二幕のケルビーノとスザ女が入れ替わる場面で『どんな仕掛けか?』『入れ替わりマジック』と歌われている。そのシーンで私は劇中劇を見ているような気分になった。マジシャンだけがタネを知って観客を驚かせるマジックのように、劇全体のもつれやこじれを私たち観客だけが知っている面白さを感じたからだ。
第一幕の伯爵・ケルビーノ・スザ女の三重唱で、走り男(バジリオ)率いる茶坊主たち[雑用係で情報通]がスザ女に詰め寄り問いただすシーンがある。そこではテープを四角く掲げTVの画面に見立てて真ん中にスザ女を写したり、音声を拾うマイクが小道具で登場したりインタビューマイクやカメラを向ける動作をしており、私はスキャンダル報道や文春を風刺し批判しているのではないかと考えた。特に昨今はプライベートを侵害するような取材や報道を批判する声も多く上がっている。歴史のある上演作品で古典芸能を用いながらも現代の社会問題に触れる部分もあり、喜劇を観劇しながらも問題意識を再確認した。
 フィガロの結婚は複数のカップルの関係が複雑に入り乱れ、最後は大団円というストーリーの喜劇である。しかし劇中では身分の差やそれに伴う権力横行が描かれており、初演当時の社会に影響を与えた。今回観劇したフィガロの結婚もただ面白いだけではない、新しい表現や解釈を知ることができたり問題意識を再認識したりと学ぶことが多い舞台だった。